断腸亭料理日記2019

断腸亭落語案内 その15 志ん生・富久


引き続き、志ん生師「富久」

幇間(たいこもち)の久蔵。
芝久保町が火事というので出入りができなくなっていた旦那の家に
駆けつけ、出入りが叶う。火事も消える。
火事見舞いに“石町(こくちょう)さん”から酒が届く。

石町というのは、大店、老舗が集まる日本橋本石町であろうか。
詳しく説明はされないが、この家の本家といった感じである。

文楽版だと、酒は徳利二本(五合二本か)で、一方はお燗がついており、
一方は冷。肴もあり、めざしを焼いたものと、おでん。「総仕舞いに
して、串に刺してある」と。雰囲気は、お重にでも入っている感じか。
志ん生版では酒というだけで、詳細はまったくなし。

久「旦那、石町さんがご酒(しゅ)を」
主「そっち、やっとけ」

久「旦那。石町さんが、ご酒、、」
主「だから、そっちやっとけ」

久「旦那、石町さんが、、、」

久蔵、呑みたくってしょうがない。
呑みたい、やめとけ、走ってきたんで喉が、、水飲んどけの
一件(くだり)あって、

主「しょーがねーな、余計はいけねえよ」
というので、お許しが出た。

映像がないので、わからないのだが、実にうまそうに呑んでいる
雰囲気。志ん生の真骨頂というのか、地か。
私がリアルで知ってるのだと、亡くなった文治師(10代目)。
実に師はうまそうに呑んでいた。「親子酒」であったと思うが、
鈴本で観て、冷で、噺に出てきた練りうにで、すぐに日本酒が
呑みたくなった。そう。もうこういう、うまそうに酒を呑める
落語家は少ないのではなかろうか。

呑みながら久蔵はこんなことをいう。
久「さっきあたしが入ってきた時に、旦那が「怪我でもしたらどう
  すんだ」ってね。これだけのご身代が今、灰になっちゃうってのに、
  吹けば飛ぶようなこんな者を、怪我したらどうすんだって、って、、
  あっしの身体(からだ)を思って下さる。ね。偉い。こんな偉い人は
  ない。
  人は自分を思ってくれる人に自分の身体を託すんだ。昔の人は言った、
  『人は己を知る者のために・・』あと知らねえけど、、」
  (「士はを知る者の為に死す己」が正解。)
  
茶碗で、三杯。
久蔵、段々怪しくなる。もうやめさせろ。寝かせちゃえ、寝かせちゃえ。
文楽師だと、これで片付けを手伝い始め、皿を割る件があって、寝る。
「こいつはな、人間はいい奴なんだ。酒ぇ呑むとこんなだらしなくなっちゃう
 んだ」と主人の台詞。

また、半鐘が鳴る。
よくぶつけるね。誰か見てみろ。
大きな商家では自分のところに火の見櫓を持っていた。
 「浅草見当、三間町!」
主「え!?三間町。おい、おい。久蔵起こしてやんな。」

 「おい久さん、久さん」
久「えー、もう呑めない。」
 「まだ呑むつもりでいるよ。
  久さん。火事だよ、火事だよ。」
久「え〜?火事だからあっし、きたんですよ。」
 「また始まったんだよ。」
主「おい、久蔵、久蔵。
  火事は浅草の三間町だってよ。お前ぇんとこの方だ。」
久「そーすかぁ〜、、、あちしんとこの方ぉ〜?」
主「行ってきな。早く。
  ま、そんなことねぇだろうがな、焼けたようなことあったら、俺んとこ
  こいよ。家ぃきて、手伝ってて、留守にお前ぇんとこが焼けたんじゃ
  見ていらんねぇ。
  そんなことねえだろう。な!。気を付けて行ってこい。」

文楽師だと、草鞋とろうそく、提灯など用意してもらう、が入る。

久蔵、今晩二回目、火事場急行。

浅草から新橋、新橋から浅草。往復。
(蛇足だが、このあたり今は新橋であるが、以前は新橋は文字通り橋の
名前で地域の名前ではない。呼び名としては広いが、芝である。)

掛けて往復できる限界という距離、なのかもしれぬ。

まさか、久蔵も火事の掛け持ちをするとは思わなかった。
酔いも冷めて、身を切る寒さ。

近付いてくると、やっぱりごった返している。

久「ちょいと、ごめんなさいよ、ごめんさいよ」
 「お、お、おい、久さん、どこ行くの」
久「今、家ぃいくんだ」
 「家、ないよ!」
久「え?、誰が持ってった」
 「持ってきゃ、しねえ。お前(めえ)とこ焼けちゃったい」

 

主「どうしたい、久蔵。
  ぼんやりして、帰(けえ)ってきやがって。
  え?、家はどうだったい?」
久「ええ、、、、、家は、ポーッ」
主「なに?、焼けちゃった。
  あー、、、、そうかぁ、、、、

  いい。俺んとこ、いろ。
  食わして、着せて、小遣いくらいやるから、家にいろ。」
久「その方がいいんだ。」

とはいうものも、義理のわるい借金を返して、商売に出たい。
だがそこまでは旦那には言えない。

暮れも押し詰まってきて、人形町へんを歩いているとバラバラと
人が走っていく。
椙森(すぎのもり)神社で、富くじである。
なんだ、俺も買ってたんじゃないか。

境内はごった返すような人。
大きな箱に札を入れ、錐で突く。

順々に当たりが出て、突き止めの一等、千両。

皆、当たったらなにがしたい?と、心待ち。

「当ててえな〜」
「当ててえ」
「俺ぁ、千両当たったらな、日頃の望みを叶えるな」
「なんだい」
「裏へ大きな池を掘って、水が漏らないようにしといて、
 その中に酒を入れて、ドブーンって飛び込むね」
「俺ぁなあ、千両当たったら、職人なんてやめだ。堅気だ、
 商人(あきんど)になる。」
「なにやるんだ」
「やってみてえのは、質屋だ」
「なんでだよ」
「俺が置きに行く質屋が遠いんだよ」

わぁ、わぁ、言っているうちに、
「御富(おんとみ)、突き止めぇ〜〜〜〜〜〜

 

つづく

 

 

 

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