断腸亭料理日記2019

断腸亭落語案内 その17 志ん生・富久〜
らくだ

引き続き、志ん生師「富久」。

噺の中でも書いたが、この噺のもう一つのテーマである火事。
火事を、不謹慎であるが、愉しむというのが、あったことが
この噺を成立させているもう一方の柱といってよい。
また、志ん生の場合、北風が吹きすさぶ中を駆けつける。
寒さが特に強調されていることがこの噺の作品性を高めている
と考えてよいだろう。

これ、書きながら思い至ったのだが、近々この噺はほぼ演じられなくなる
のではないか、と。火事にしても寒さにしても東京人の記憶にはもう
ないといってよい。
志ん生、文楽以降だと、小さん師(5代目)、談志師、志ん朝師他が
演じている。
存命だと、権太楼師、雲助師、志らく師、市馬師もCDがあるよう。
白酒師も演っている。また、小さん版を小三治師も演っていた。

だが、ここまで、ではなかろうか。

白酒師はおもしろい。師匠の雲助師も聞いたが上回っておもしろい
かもしれない。。だが、案の定、火事と寒さはもはや関係ない。
この人の人(ニン)、フラでおもしろくドラマとして仕上げている。
これからはこういう方向か。誰でもできる噺ではなかろう。
落語を取り巻く時代環境は致し方がない。
それを越えて残る噺になるのかどうか、であろう。

さてさて。「富久」はこんなところでよろしかろう。

最初に挙げた、志ん生の、名演。
「火炎太鼓」「富久」ときた。
それよりも前に書いた「黄金餅」「文七元結」、そして「らくだ」

「黄金餅」「文七元結」は書きたいことは大方書いている。「らくだ」は
中途半端であったので、ちゃんと書いておこう。
やはり落語の中では、名作?、問題作?であろう。

「らくだ」は東京では円生師も演ったが、志ん生師であろう。
談志家元も演った。上方起源の噺。

本名をうまさんといって、人あだ名してらくだ。
どうしてらくだかというと、形(なり)が大きくて、のそのそして
いるので。こいつが長屋で手が付けられない乱暴者。

らくだの兄弟分というのが訪ねてくる。
年頃三十五〜六で、でっぷり太って赤ら顔で少し酒に焼けている。
顔中、傷だらけ。刀傷、出刃包丁で突かれた傷。顎には竹槍で突かれた
傷がある。目の脇から鼻へかけて匕首(あいくち)で切られた傷がある。
傷の見本みてぇな顔。
松阪木綿の袷(あわせ)に、そろばん玉の三尺を前の方にトンボで
結んで、八幡黒ののめりの下駄に、首に豆絞りの手ぬぐいを巻き付けて
いる。この部分、志ん生版だけのものである。

着物の描写がもはや私にはわからない。松阪木綿というのは、松阪地方の
木綿織物だが、藍染めの縞ものが多いよう。そろばん玉の三尺は帯、
なのだが、三尺は長さで、90cmとかなり短い。幅も細く、浴衣などに
〆る簡易なもの。そろばん玉は帯の柄。トンボはとんぼ玉か。ガラスの玉で
今も羽織の紐に使っている人がいるが、あんな感じなのであろうか。
八幡黒は黒く染めた皮で鼻緒。のめりの下駄は前の歯がつま先に向かって
斜めに削ったもの。豆絞りの手ぬぐいはよいであろう。藍の水玉でお祭り
っぽい柄。
もちろん、これでこいつのキャラクターの説明になるわけだが、
きっと、柄がわるい恰好なのであろうが、、やはりわからない。

「おーい。いるかい?」
といってらくだの家にくる。

開けてみると、へんなところで寝ている。

いや、まいって(死んで)いる。

「死ぬなんて、生意気な野郎だな」

あー、夕ンべ、湯の帰りにこの野郎に会ったんだ。
フグぶら下げてやがるから、どうすんだ、って聞くと
手料理で食うんだ、って。
危ねえぞ、っていうと、なーに、フグなんかこっちからあててやる
っていってたけど、あたっちめいやがったんだ。

あいつと俺は兄弟分だが、今は博打で取られて、百もない。
なんとかして(弔いを出して)やりたいが、、、

と、そこへ
「くず〜〜〜い」
屑やの声。

 「お〜う。屑や!」
屑「へい。

  いけねえ。らくだの家の前だ。
  ここで声出しちゃいけなかったんだ。
  この前もきったねえ、土瓶を出しゃがって、これ買えって。
  口が掛けて、漏るんだよ。どうしても買え、って、喉締めやがんだ
  仕方ねえから、お足(あし)置いて逃げたよ」

 「な〜にをいってやがんだ。こっち、入(へい)れ。」
屑「へい、へい。こんちは。
  らくださんのお宅じゃないんですか。」
 「らくだの家だい」
屑「らくださんはどこにおいでになったんです?」
 「手前(てめえ)の前にいらぁ!」
屑「あー。
  おやすみんなってんですか?」
 「くたばっちゃったんだ」
屑「へ〜〜ぇ、どうしてです?」
 「フグにあたったんだよ!」
屑「は〜〜、フグに、ね。
  フグもあてるもんですねぇ〜」
 「この野郎、福引みてえなこというなよぉ。
  (ここ「フグ食って、ふぐ死んだんですか」というのもある。)
  手前、なんだなぁ。らくださん、ってとこみると、知ってんだな」
屑「へえ。時たまなぁ」
半「そうか、じゃあ、ちょうどいいや。
  俺ぁ、らくだの兄弟分で丁の目半次ってんだ。こいつの葬式出して
  やりてえが、取られて一文もねえんだ。
  こういう場合だ。なんか家のもん、買いねえ」
屑「そりゃぁ、いただくもんあれば商売ですから、いただきますが
  なんにもいただくものないようですな」
半「ねえこたぁ、ねえ。ここにある土瓶買え。」
屑「いや、それだめなんですよ。漏って、口が掛けてね。
  この前、お足置いてね、謝ったんですから。」
半「なんか買えねえか?
  七輪どうだ、買えねえか?」
屑「それ割れちゃって、鉢巻きしてやっともってるんですよ。
  それもいくらか置いて、謝ったんですから」

なにも買うものがない。

半「屑やにまで、見放されてんのか。

  じゃ、買わずにいくのか〜〜?
  それで二足でも三足でも、歩けると思ってんのか!」
屑「じゃ、少ないすけど、これでお線香でもあげてください」
半「そうか。でもいくらでも出すだけ感心だ。」

屑や、帰ろうとすると、月番のところへ使いに行くようにいわれる。

「年を取ったお袋に女房があって子供二人で、今、仕事に
出たばかりで、釜のふたが開かない」から勘弁してくれと屑や。

 

つづく

 

 

 

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