断腸亭料理日記2023

歌舞伎座二月大歌舞伎
通し狂言 霊験亀山鉾 その2

4282号

引き続き、二月の歌舞伎座、仁左衛門の一世一代、
「霊験亀山鉾」。

仁左衛門は主役のダークヒーロー、色悪、
仇を打たれる側の浪人を演じている。

昨日、仁左衛門をちゃんと観たことがなかったと
書いたが、改めて、この人、78才にはともて見えない。
やはり、かなりの摂生された役者人生であったのでは
なかろうか。

一月、国立の菊五郎を観たが、この人は80才で二つ上か。
少し前から腰がおわるいようで、足元が多少危なっかしい。
また台詞まわしも、ここ数年、以前よりは多少見劣りが
しているように感じていた。

仁左衛門の若々しさ。
背筋がピンと伸び、足の運びも軽快。
年齢をまったく感じさせない。
もともと美形でもあり、背も高くスマートなので、
舞台映えというのは申し分がない。

そして、それがヒーローではなく極悪人。
まったく、憎々しさが増大する。

この芝居をきれいに演じられるうちに、演じたい、
と考えているのが、さもありなんとうなづけた。

仁左衛門が“一世一代”として演じた芝居は、
他にも、いくつかあるようだが、多くはない。
その一つに、このマイナーな南北作品を選んだ
ので、ある。

自ら、この芝居について、インタビューで語っている。
見物に観てもらうということももちろんあるのだが、
後輩に引き継ぎたいという意図が当然ある、と。
つまり、仁左衛門はこの人に知られていない芝居を
後世にきちんと残したいと思うほど、この作品に
魅力を感じていたということ。
他の人が演じないからこそ、自分が演らなければ、
ということ、なのであろう。
また、文化財保護の国立ではなく、商用演劇の
歌舞伎座で演じるということにも大きな意味があろう。

大看板役者として、プロデューサーとして、
アーティストとして、人間国宝として、の責任感。
そういったものがあるのであろう。
この志には敬服しなくてはならなかろうし、重く
受け止めるべきであろう。

仁左衛門は書いたように、上方歌舞伎の人。
京都大阪にも、江戸期からの歌舞伎の伝統があり、
そこで育った。本来、演目も芸風も違う。江戸の荒事、
上方の和事。
だが、昭和42年(1967年)彼は東京へ移住している。
これは、上方歌舞伎にお客がこなくなったから。
事実上、京都大阪では歌舞伎文化は衰退していたので
あろう。

東京にはむろん東京の歌舞伎の伝統があり人脈、
派閥というのか、そういうものもあろう。
他の東京の大看板に比べて、出演の機会というのは、
やはり、多少はおとったのではなかろうか。
私があまり観たことがないというのには、
そういう背景もあったのかもしれない。

この芝居を一世一代として演じるには、そういう
仁左衛門だから、ということもあると想像するのだが、
いかがであろうか。
“一世一代”だからやらせてほしいと。

そこで、やっぱり、なぜこの南北作「霊験亀山鉾」なのか
という問いに戻ってくる。
例えば、上方歌舞伎、和事の芝居ではなくて。

四世鶴屋南北という作者は、上方ではなく、江戸の人。
この芝居も江戸歌舞伎といってよいだろう。

仁左衛門は、私は観たことがないが、南北作品に少なからず
出演していたということがあったようである。
南北作品が好きだった?のかもしれない。

では、ここでもう一度、鶴屋南北作品について触れてみる。

昨日、今では有名であるにも関わらず、限られたもの
しか上演されないと書いた。
なぜであろうか。

上演されないので、私も実地に観たのはいくつもない。

南北に限らず、文化文政期の芝居の特徴は、
派手で、歌舞伎でいうケレン、演出が多用されている。

ケレンというのは、どういうことかというと、
早く言えば、観客をどうしたら驚かせるかを
考えた演出といってよいのか。

早変わり、あるいは、一人なん役もする。
今回もこれもあり。

紐で釣って、宙乗り。

また今回、使われているが、本水(ほんみず)といって、
ほんとうの水を舞台上で使う演出。

雨がザアザア降っているのを舞台の上から、実際に
雨を降らせていた。(これは仁左衛門のアイデアで
あったとのこと。)

あるいは舞台に滝を作って実際に水を流す。
役者が実際にそこにジャブジャブと入る。
現代でもたまにこの手の演出のある芝居が
上演されることがある。

一方、四代目鶴屋南北の文化文政の時代には、
歌舞伎はかなり経営に苦しんでいたという事実がある。

原因の一つは、役者の給金の高騰である。

文化文政期は飢饉なども少なく、比較的平穏な
時代といってよいのであろう。
そんな背景もあって、特に江戸で町人文化の花が
咲いた。一般に化政文化といっているもの。
浮世絵、小説・文芸、歌舞伎もその一つ。

日(ひ)千両、鼻の上下(うえした)、へその下、
なんという言葉が落語にも残っている。

日千両というのは、一日に千両の金が動いた、と。

鼻の上下は、目と口。
目は歌舞伎のこと。口は魚河岸のこと。
もう一つ、へその下は、新吉原遊郭のこと。

千両役者という言葉もあるが、看板役者の
給金は実際に千両に近かったいう。
経営のため、木戸銭も上げざるを得ない。
しかし、上げすぎると貧乏なお客は払えず、入らない。
そして、芝居が当たらず思ったよりも客が入らないと
芝居小屋の経営はたちまち立ち行かなくなる。

また、芝居小屋は当時、火事が頻発した。
ろうそくを立てて、上演したわけだが、
これも一つの原因。


つづく

 

 

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