断腸亭料理日記2023

歌舞伎座二月大歌舞伎
通し狂言 霊験亀山鉾 その3

4283号

引き続き「霊験亀山鉾」。
作者である、四世鶴屋南北の文化文政期の歌舞伎劇場に
ついて書いていた。

経営が苦しかったという話。原因の一つは、
看板役者の給金の高騰。
もう一つは、劇場の火事の頻発である。

火事になると、むろん建て直さなければならない。
これまた、金がかかる。
江戸三座は当時、もちろん三つあったのだが、
実際に経営難でよく潰れているのである。
(潰れると、控え櫓というサブの芝居小屋が設定
されており、代わりを務める仕組みになっていた。)

客を集める、大入りの芝居を打つことは、むろん今でも
経営側には大きな目標だと思うが、当時、化政期には
とにかく、劇場存亡に関わる至上命題であったのである。

それで、先に言った、客を驚かせる演出が、
エスカレートしていったと説明されているのである。
それが、早変わり、宙乗り、本水、などのケレン、
であった。

このケレンを多用した芝居は、化政期後、例えば、
幕末から明治の黙阿弥作品ではパッタリと姿を消している。

昨日も書いたが、今でもケレンの多い、あるいは、
ケレンのある芝居は、上演されないことはない。
それが売りで、やはり、観客は驚くし、
エンターテインメント性は高い。

先代猿之助が始めた、スーパー歌舞伎。
あるいは、猿之助家・澤瀉(おもだか)屋のお家芸である、
「義経千本桜」の最後、四の切り、劇場の天井近くまで
狐忠信が飛んでいく宙乗りは、やっぱり愉しみに
観る芝居である。

が、やっぱり、一方で、ケレンというのは、
要は、驚かしたいだけでしょ!、と感じるもの
でもある。
たまにはよいが、そればかりでは、飽きる。

落ち着いた、あるいは、ストーリーでみせる、
台詞を聞かせる、泣かせる芝居、、、。
そんなものが観たくなる。
もっというと、あからさまに驚かされる芝居を
きらう向きも出てくる。それこそ、野暮であろう、と。

ただ、私が実際に観たことのある南北作品は「東海道四谷怪談」
「盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)」ぐらい。
南北作品を語る資格などまったくないことは承知している。

その上で、さらにもう一つ。
人殺し、殺人場面を強調したり、グロイ、演出が多く見える。
これもケレンとは違うが、センセーショナルにし、客を呼びたい
という意図があったのではなかろうか。
これもやはり、多いと、ヘビーで、トゥーマッチ。

現代、南北の作品がほとんど上演されないのは、
こういうことなのではなかろうか。
むろん、トウシロウの印象の域は出ないが。

そして、素人ながら、南北作品の作品性、功績を
否定するものではまったくない。例えば、南北は怪談物を
多数ものしているが、これは、明治の三遊亭圓朝師の
「真景累ヶ淵」などの一連の怪談噺から、現代の「リング」
「らせん」などなどまで続く、世界に誇る、我が国の
怪談、ホラーコンテンツの質の高さの伝統を生み出していると
いってよいのでは、なかろうか。(日本人、怪談話、
大好きなのである。私は、臆病者で、からきしダメだが。)
(また、むろん他にも南北作品の評価すべき点はあるのだろうが、
紙数もあり、このへんにしておく。)

ともあれ。
仁左衛門は、南北作品なかんずく、派手すぎず、グロくもない
バランスの取れたこの芝居を残すべきと考えた、のでは
なかろうか。

さて、忘れぬうちに弁当を出しておこう。
歌舞伎座前の木挽町[瓣松]は残念ながら閉店してしまったが
銀座三越に入っている日本橋[弁松]で二段の弁当を
買ってきた。

包装紙を取る。

おかず。

みずから、こゆいあじ、などといっていたと思うが
甘く、濃い味付け。茶色いとディスってはいけない。
玉子焼き、魚(鰆であろうか)照焼、煮〆(椎茸、筍、
里芋、牛蒡、蓮根)、つとぶ(江戸の生麩)、蒲鉾、
豆きんとん、隠元他。

ご飯は、内儀(かみ)さんは赤飯にしたが、私は
たまたまあった、たこ飯にしてみた。

いつもはない限定ものであろう。
意外と薄味。ちょっとおもしろい。

さて、この回、四回以上は書けなかろう、今回まで。
この芝居、まだまだ、書かなければいけないことも
あるのだが、そろそろお仕舞にしなければならない。

最後に、どうしても書いておかなければいけないのは、
芝翫のこと。
この芝居で、仁左衛門の相手役というのか、敵役。
(敵を討つ側だが。)No.2の立役。

選んだのは仁左衛門なのであろう。

八代目中村芝翫。前名は橋之助。
奥さんは三田寛子さん。お騒がせ男、でも、あろう。
彼は亡くなった勘三郎に近く、平成中村座でも以前から
よく観てきた。
お兄さんは福助で、おそらく名門成駒屋最大の名前
歌右衛門を継ぐはずが、不幸にして倒れてしまい、
気楽な次男のつもりが、図らずも、なのか、成駒屋の
親方格になってしまった。

57才である。
この年代、歌舞伎界では大看板はちょっと少ない。
上は、多く亡くなり、下はまだ四十代。
なんとなく、今、端境期の様相を呈している歌舞伎界を
牽引してほしい役回りのはずである。

決して、下手な役者ではないと思う。
仁左衛門同様、背も高く、スマート、ちょっと優男で
むろん、二枚目。それだけで存在感がある。
だが、芝翫襲名後も、腰が座っていないように見えた。

仁左衛門が彼に、白羽の矢を立てたのには、
大いに意味があったと思うのである。
この芝居を残すから、きちんと継承してほしい、と。
そして、彼へのエールも。
もちろん、芝翫は承知のことであろう。

この芝居中なん役も務めており、十分な奮闘ぶりといって
よろしかろう。ただ、一つなんをいえば、役によって、
声音(こわね)を変えているのだと思うが、時に、
活舌がわるく聞き取りにくい場合があったこと。

ともあれ。本人の意思とは別に望まれていること、
かも、と思うと、厳しかろうが、六十を前に、もう、
そんな年でもなかろう。ファイト!芝翫。

 

 

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