断腸亭料理日記2023

そば・神田まつや

4261号

1月16日(月)第一食

東京下町の老舗そばや。
浅草のあそこも、上野のあそこも、
流行っているのかもしれぬが、最近は、私は
どうも行く気がしない。お気付きかもしれぬが。

味ではない。
二軒、内容は違うが、居心地。
私の場合、そばやというのは、居心地の方を
優先するかもしれぬ。
東京のそばやのよきスタイルが失われている。
不愉快な思いをすればどんなにうまくとも
二度とくるか、と思う。

まあ、時代、世の中、来る客によって
大老舗も変わっていってしまうのであろう。
私が既に時代にずれているのかもしれぬ。
どちらにしても残念なことではあるが。

唯一、ここだけかもしれぬ。
神田[まつや]

変わらず居心地がよいのは。

言わずと知れた、池波正太郎レシピ。
超有名店にしたのは、先生であろう。

昼夜通し営業、ご飯ものがある。
先生はこれを条件に挙げていた。
下町のそばやは、皆こうであったと。
庶民派というのか、敷居が低いというのか。

自転車でたどり着いたのは、15時少し前。
先生もそう言っていたが、私のような者は
混まない時刻にこなくてはいけない。

右側の硝子格子から入る。
ここは一方通行。右から入り、左から出る。

お姐さんが、入ってすぐの空いた席へ案内
してくれる。

お酒お燗。はい。

聞き返されなかった。
これでなくてはいけない。

肴は、ここは焼鳥。
それから、品書きを見て、鴨南。

最近はぬる燗ということにしていると書いたが
今日は、ただ、お燗といってみたのである。
ここであれば、お燗というと、熱燗ですね、
などと馬鹿なことはいわないであろう、と。

毎度書いている、熱燗問題である。
ただお燗といえばよいのである。

お燗といえば、熱くもないぬるくもない、適燗。
上燗。適正な温度がある。店はこれを出す。
熱燗というのは、湯気が出るほどの文字通り
熱いお燗のこと。
ほんとうに熱い酒を求めている人ばかりではなかろう。
蔵元でも熱燗は推奨している呑み方ではない。
熱燗が燗酒の代名詞になっているが、大間違いである。

団塊の世代あたりからであろう。
燗酒と熱燗を混同しているのは。
大人の男の勉強をしてこなかったのであろう。

常温なんというのもやめてほしい。これも野暮。
第一、まずそうである。化学品ではない。
冷(ひや)というちゃんとした言葉があったでは
ないか。冷やしたものが冷(ひや)ではない。
それは冷酒(れいしゅ)。

お客も飲食店も勉強してほしいものである。(もう遅い?)

ほぼ同時にきた。

焼鳥とお燗一合。

まず呑んでみる。
おー、やっぱり上燗。
湯気が出るほどのものではない。
わかってらっしゃる。

と、お姐さんが、おそばはもう少し後にしますか?。
よろしければ、言ってください。

酒を呑んでいる客にはこうして、時間差を付けるかどうか、
聞いてくれる。
先生の書かれていた、行き届いた、気働き、ではあるが、
これが東京の町のそばやどこでもしてくれる、
スタイルであった。私が知っている範囲でも。
今、同時に頼むと老舗でもかまわず持ってくるところは
老舗の看板を下げてほしい。
そばやというのは、単なるスタイル、習慣以上に、
落語、歌舞伎で描かれた東京の大切な文化である。

書いている通り、最近は私は呑みながらそばを
すすることにしているので、そのまま持ってきて
下さいと、頼む。

焼いた鶏と焦げ目の入った白ねぎ。
濃いめの甘辛のたれ。
そして、なぜかここは溶き辛子付き。
辛子はつけぬが、鶏もねぎも、うまい。

鴨南もきた。

アップ。

鴨肉三枚とつくね、長ねぎ、ゆずも。

ここで鴨南を食べるのは、初めてかもしれぬ。
なんであろうか、かなりうまい。

鴨の出汁がつゆにちゃんと出ており、濃厚。
香りがよい。
この温かい鴨南はけっこうな数のそばやにあるが、
このつゆはなかなかないのではなかろうか。
そばつゆにただ鴨肉が入っているだけではない。
つくねであろうか。
つくねというのは、よく出汁が出る。
意識して丁寧に作られているのではなかろうか。

ともあれ。
寒い真冬には鴨南。
まさに今であろう。
前に引用したが、鴨南は季語。

先口の鴨南蛮(かもなん)忘れ居らぬかや 高澤良一

二十日正月鴨南蛮を喰ふもよし 田中貞雄

なにかよいではないか。
燗酒一合と、鴨南で温まる。

席で勘定。
ご馳走様でした。

やっぱり、ここは居心地よし。

 

神田まつや

03−3251−1556
千代田区神田須田町1−13

 

 

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