断腸亭料理日記2024

国立劇場令和6年初春歌舞伎公演
初芝居 その2

4479号

引き続き、新国立劇場の「国立劇場」初芝居。

一つ目の『梶原平三誉石切』を書いている。
今日は、ちょっと作品論のようなこと。

内容は戦いのものではなく、どちらかといえば、
人情噺のようなドラマ。

鶴岡八幡宮前の一場のみ。
だが、そこそこ長い。
そして、ちょっと、グロイ。

筋の詳細はウィキにあるのでご覧いただきたい。

比較的わかりやすい人情噺。
ストーリー全体は源氏を支持するスタンスで流れ、
梶原平三景時は、この時点では平氏側だが、頼朝支持に
傾いている頃。そして主人公梶原は、剣の達人で、
スーパーパワーを持っている。源氏支持の父娘の命を助け、
間接的に源氏に味方する、といった流れ。そして
その過程がグロく、強い違和感を感じた。

スーパーパワーを発揮し人情噺的に問題を解決する。
この構造が単純ということになろうか。

グロイといっているのは、切腹やら処刑といた自傷他害が
ストーリーに入っているということ。

なぜこんな話が出来上がっているのか。

この作品は、大坂で書かれた人形浄瑠璃。
時代は、享保。享保は1700年代前半、江戸時代の真ん中。

人形浄瑠璃から歌舞伎に移された作品というのは、たくさんある。
ご存知の「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」。
この三作品が、巨頭であろうか。
これらは、享保のちょっと後、延享、寛延。
まあ、ほぼ同時代といってよいだろう。

前にも考えてここに書いたことがあるが「忠臣蔵」も
「菅原伝授」も義、忠君のために切腹したり、自らの
子供を主人の身代わりに殺すといった極端な内容がある。
「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」も入れようか。
このあたりが、グロく、残酷。
また、論理上、ストーリー上の矛盾も多少あったりする。
この作品にも多少のストーリー上の矛盾、無理はあるが、
やはり、この時代の一連の忠君人形浄瑠璃出自の作品群に
位置付けられるのであろう。

この時代、義や忠君のために命を犠牲にする話が多少の
矛盾があっても、好まれた、と、いうことになろうか。

また、その後、現代までも、上演され続けているというのは
文化財的価値もむろんあろうが、ストーリー上もある一定の
支持が続いているともいえよう。

私が思うのは、これに対し、江戸期に作られ今も支持されている
歌舞伎のもう一方の著名で大きな作品群、幕末の黙阿弥作品群と
大きく異なっていることに気が付く。

黙阿弥作品群は、白波物などと言われているが、盗賊・
泥棒の話で、強盗殺人、金のために簡単に人殺しをする。
やはり、惨く殺伐としているが、忠君のため、ではなく
金のため。驚くべき違いであろう。
これは、前にも考えたが、江戸時代後期、1830年代末前後の
天保以降、明治0年代あたりまで。「悪党の時代」と表現される、
飢饉などが発端の貧困から、一揆、金のための人殺しの横行、
治安の悪化、限界状況的社会背景によるものと考えている。
やはりこの時代に生まれた落語にも共通するが、この過程で
人間の本性を描くようになり、作品性は高いだろう。

この作品も含めて、前述の江戸時代中期までの一部人形浄瑠璃
起源の歌舞伎作品に共通する、自害、子殺し、処刑などのグロさは、
忠君などの儒教的社会・倫理規範のためのものだが、その解決手段
として、死を当然とするのは、ある意味死と隣り合わせの戦国時代の
余韻が残っていたと考えるべきか。
これは中世〜近世的価値観といってもよいかもしれない。
これに対して、幕末の黙阿弥の白波作品群は殺伐としてはいるが、
既に人間中心の、ある種近代的価値観と捉えることができる
のではなかろうか。

さて、この芝居が随分時代が下った大正期に再度注目され上演される
ようになったのだが、これはなぜであろうか。この作品に限らないが、
現代まで人形浄瑠璃系忠君作品群が生き残ったのは、ある種、先祖返り
ともいえる忠君愛国などの明治以降の国家主義教育とさらに昭和を前
にした軍国思想の高まりなども影響しているのか。また、特にこの作品は、
コンパクトでわかりやすい。つまりよくできたお話であったから、か。

さて、次、二つ目。
『芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)
―葛の葉(くずのは)―』。

この芝居は、私の個人的疑問を解決してくれた芝居になった。
まあ、それは後に述べるとして、初演は奇しくもこれも同じ
享保の19年(1734年)大坂竹本座で、やっぱり人形浄瑠璃から。
作者は初代竹田出雲。
ただ、これは一つ目のような忠君系のお話ではない。
怪異ものといった感じ。人形浄瑠璃系にはこういうものもある。
これも、なかなかよくできた芝居で、観ておくべき作品である。

さて、これは、菊五郎劇団だが、中村時蔵が座頭といった
位置付けの芝居。

中村時蔵という役者は、TVなどに頻繁に出演る方でも、
派手でもないので一般にはあまり知られていないかもしれぬが、
人間国宝。
菊五郎の女房役であり、歌舞伎界の立女形の一人。偉い方、
格(序列)が高い役者なのである。
毎年、私は国立の菊五郎劇団の芝居を観ているので、馴染は深い。

68歳、屋号は萬屋。時蔵として五代目。
わずか7歳で父四代目時蔵を失っているので、苦労されたといってよい。
歌舞伎界というのは出自は名門でも座頭級の大物役者の後ろ盾がないと
教えを受ける人もおらず、役も付かない、出る芝居がない。
そういう世界なのである。
萬屋には、今、中村歌六、中村獅童、中村錦之助、中村隼人などがいる。
当代中村梅枝が長男で、菊五郎劇団の女形。当代時蔵も若い頃は
梅枝を名乗った。

初代時蔵という人は、明治の名優で上方系。本来は播磨屋で
時蔵の後、歌六。二代目中村時蔵、初代中村吉右衛門、十七代目
中村勘三郎は実子なので、当代中村勘九郎、中村七之助はひ孫で
中村屋もこの人から出ていることになる。

この芝居では、時蔵は珍しく立役(男役)。
私はこの人の立役を観るのは初めてかもしれぬ。
立役も演るんだ、と驚き。

主人公は中村梅枝。梅枝は36歳。若手というよりは中堅か。
女形だが背が高く二枚目。この人も菊五郎劇団でよく観ている。
安心して観られる女形。背が高いので違和感を感じそうだが、
流石なものである。

さて、この芝居、ちょっとストーリーがおもしろい。
ちょっとレアかもしれぬ。

舞台は、平安時代。歌舞伎では王朝ものなどという。
お話のもとは、伝説といってよいのであろう。たくさんの
派生文芸作品があり、この浄瑠璃がヒットし、広まったよう。
これ、なんとあの、陰陽師、安倍晴明の出生物語。

これだけでも、観ておく価値がある芝居ではないか。

「葛の葉物語」あるいは「信太(しのだ)妻」などともいう。
舞台は現代の大阪府和泉市。“信太の森”というのが、今も
和泉市の地名や神社の名前に残っている。

信太というと、和食では、ご存知の人も多かろう、
そう!、油揚げのこと。

うーん、なにか匂うではないか。

?


「梶原平三紅梅くつわ」

国芳 嘉永3年(1850年)江戸市村座

 

つづく 

 

 

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