断腸亭料理日記2025

歌舞伎座 八代目 尾上菊五郎襲名披露
團菊祭五月大歌舞伎 その4

4772号

引き続き、歌舞伎座の八代目菊五郎襲名披露興行。

口上であった。

この口上の衣装のことである。
昨日、裃(かみしも)姿、と、書いた。
頭は髷姿で、黒い紋付きの着物に一人を除いて、皆同じ色、
音羽屋の重ね扇に抱き柏紋の入った裃。
(という記憶なのだが、あっていようか。)

裃の色は、茶の入った薄い黄緑、ちょっと萌黄(もえぎ)にも
近いもので、この色は、梅幸茶というらしいが、音羽屋の色。
梅幸は初代菊五郎の俳名で、好みの色であったという。

一人を除いて、と書いた一人は誰あろう、團十郎。
團十郎は、市川宗家の三重の升の三枡(みます)紋の入った
團十郎茶というようだが、柿色の裃。これが成田屋の色。
また、團十郎だけ髷(まげ)の形が違っている。
鉞(まさかり)髷というが、髷の先を鉞の刃の形に尖らせて
いるもので、これも成田屋特有のもの。
(以前観た、襲名披露口上の幸四郎もこれであった。
幸四郎=高麗屋も成田屋系ということになろうか。)
團十郎以外は皆ノーマルな髷。

先に團十郎以外同じ、と書いたが、團十郎以外にも
音羽屋ではない人は、玉三郎だったりなん人かいるが、
あっているか。

こういうセレモニーは、歌舞伎の家、歌舞伎界にとって
オフィシャルなものなので、色々な決まり事が表に
出てくるので、興味深い。

というところで、口上はこれくらいにして、休憩。

三幕目が、知らざぁいって聞かせやしょう、で有名な
「弁天娘女男白波(べんてんむすめめおのしらなみ)」。
ここからいよいよ、八代目菊五郎が登場する。

書いたように、この芝居は他の役者ももちろん演じるが、
特に音羽屋、菊五郎のものと、される。

なぜかというと、初演が五代目菊五郎であったから。

本名題、本来のタイトルは「青砥稿花紅彩画(あおとぞうし
はなのにしきえ)」という。
初演は、文久2年(1862年)、坂下門外の変、皇女和宮の
降嫁のあった年。まさに幕末動乱期。江戸市村座。
作者は、七五調の名台詞でお馴染み、河竹黙阿弥。
弁天小僧菊之助が五代菊五郎で、当時は市村羽左衛門を
名乗っていたが、彼へのあて書きとも考えられる。

盗賊を描いた白波もの、たくさんある黙阿弥の代表作の一つ。

弁天小僧が出る幕だけを上演する場合に「弁天娘女男白波」の
外題を使う。また、さらに弁天を菊五郎が演ずる場合に「音菊
弁天小僧」(おとにきくべんてんこぞう)とする場合もある。

まあ、さすがに私もこの芝居は七代目菊五郎の弁天だったり、
なん度も観ている。

最初の幕は、これもお決まりの浜松屋見世先の場。

弁天と仲間の南郷力丸が、浜松屋という呉服屋に
強請に入る。
今回、この幕は新菊五郎が弁天で、南郷力丸は尾上松也。

まずは、新菊五郎。
この人、どうしたのであろうか。
いや、あたり前、なのか。もはや、おしもおされぬ
菊五郎である。
襲名が決まってここ数年、やはり覚悟を決めたのか。

私が歌舞伎を観始めて、20年くらいになると思うが、
菊之助最初の印象からやはり、随分変わっている。
観始めた頃は、女形もするし、いわゆる色若衆のような
役もしていたと思う。
つぶらな瞳で、色男。女形でもなにかに取りつかれたような
憑依型というのか、もの凄い迫力のある芝居も観た記憶
がある。そういう意味で、私はずっと、役者としての
この人は只者ではないと思ってきた。
ジブリ作品なども新作として演ってきた。それが違う、
とはいわぬが。
だが、それがこの人のニンだとすれば、江戸世話物を
看板とする、音羽屋菊五郎とは道が違っている、とも
みえていた。

もともと演ればできたのだが、演りたくなかったのか。
得意ではなかったので、気が進まなかったのか。

この人、優等生の発言しかしないので、ほんとうのことは
わからぬのだが。
努力、精進の人でもあるのも間違いないよう。

前にも書いたが、菊五郎という名前の役者は、歴代の
菊五郎すべての芸を踏まえ、それらを会得しなければ
ならない。きっとこの人、もう既にそれらができる、
のであろう。この一幕を観ているだけで、なにかそんな
気がしてきた。そんな安心感のある芝居である。
流石、で、ある。

そして、南郷力丸の尾上松也。

歌舞伎を観ない人も、おそらく知っていよう。
今、TVで視る歌舞伎役者で最も多いのはこの人では
なかろうか。ドラマやバラエティーにもよく出演ている。
二枚目。背も高く押し出しもよし、声もいい。だが、
若手だと思っていたら、もう40才。
歌舞伎の舞台でこの人を観るのは、私は初めてでは
なかろうか。
もちろん、音羽屋で菊五郎劇団のはずだが最近はTVの
活動が多いのか。
この大切な舞台で新菊五郎の相手、南郷力丸を勤める
のは大役であろう。初役のよう。
新菊五郎のインタビューを読むと、新菊五郎の希望で
松也を選んだようにも思える。
どうしてどうして、松也、ちゃんとしている。
存在感もしっかりあり、歌舞伎役者としても、十分に
名優になると思うのだが、本人はどうなのであろうか。

さて、ちょっと菊五郎とも、芝居の筋とも無関係
なのだが、この幕、観ていて、発見したことがあった。

ここに出てくる、浜松屋の番頭やら手代の言葉遣い。
昔の商家の人々が使っていた早口でちょっと符丁の
ように喋る言葉。なにを言っているのかは聞き取れない、
というのがあった。(多少の笑いにもなる。)
すべての舞台がそうなのかわからぬ。今までは気が付かな
かった。イヤホンガイドで言っていたので、少なくとも
今月のこの幕は、そうなのであろう。
客にわからないように番頭が手代に指示を出すという
場面の言葉遣い。

これ、実は前にも聞いたことがあった。
なにかというと、落語、文七元結。
それも、他の人ではなく、三遊亭圓生師。
文七が夜遅くに店に帰ってきて、表の戸をドンドンと
叩きながら、文七ですが、帰ってきました、という
ことを言っていると思うのだが、早口でまったく
聞き取れない言葉で喋る。
先の浜松屋の番頭の言葉にとても似ているもの。
圓生師の録音なので、むろん、戦後のものだと思う。
おそらく、戦後には商家でももう使っていなかった
言葉だと思うし、他の落語家でも聞いたことがないので、
圓生師は意識的に昔の言葉、口調で演じていた、
のであろう。


つづく

 

豊国画 文久2年(1862年)江戸市村座 青砥稿花紅彩
弁天小僧菊の介 13代目市村羽左衛門
初演時のもの

 

 

 

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