断腸亭料理日記2012

大阪・船場と淡路町・吉野すし

12月17日(月)昼

月曜日、大阪出張。

このなん年か、大阪へくることが増えている。
それも中心地。いわゆる船場、といわれているところ。

大阪、関西で育った方であれば皆、常識として知っていること、
なのだが、私は元来、東京で生まれ育った人間で、大阪での土地勘
というものは、まったくない。

プライベートできたことはないし、出張できても、
目的地へいって、仕事をし、寄り道はしないで帰る。
つまり、自身で大阪の街をちゃんと把握しよう、と
考えたことはなかったわけである。

それがここ数年、ある程度定期的に、大阪でも
船場と呼ばれるこの界隈へくるようになり、
少しずつ街路をぶらぶら歩くような時間も
できてきたのではあった。

(例えば、例の北浜の洋食やハマヤ

そんなことで、今日は、断腸亭として整理のために
大阪“船場”の基本のようなところを書かせていただく。
大阪の方にはまったく、当たり前のことであろう。
読み飛ばしていただければ幸い、で、ある。


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“船場”というと「わては船場の商人(あきんど)だす」
なんというセリフが真っ先に思い浮かぶ。
大阪の方に、馬鹿にするな!、今時、わて、なんて
使わないし、前垂れをかけた丁稚どんなどいないよ、
といわれるかもしれぬ。

基本、江戸時代からの商業地?でよいのであろうか。

いつも東京から新大阪に新幹線で着いて、
市営地下鉄御堂筋線で淀屋橋までくる。

私の大阪出張では京阪線を使うことも多く、
この淀屋橋駅は馴染み深くなっている。
この淀屋橋からが“船場”ということになろう。

駅名の淀屋橋はこの北側を東西に流れる、
土佐堀に架かる御堂筋の橋。

これも大阪の方には常識だと思うが、
東京人の私には全く馴染みがない、御堂筋の“筋”。
道路の名前の末尾についているもの。
船場界隈は京都のように、ほぼきちんとした碁盤の目で
その南北に走っている道が“筋”。そして東西が“通”。
(やはり通に“り”を送らないのが関西の習慣であろう。)
“筋”というのは大阪だけのことではなかろうか。
京都は南北、東西、ともに、通、でよいのだろう。

船場は東西南北、四本の堀に囲まれた地域。

船からものを揚げる場所なので、船場という。
(これは諸説あるよう。)

北から土佐堀、東が東横堀川、南が長堀川、
西が西横堀川。

縦長の長方形。

先の御堂筋線でいうと淀屋橋、本町、心斎橋まで。
駅間、二つ分で、全体が歩ける距離、といってよかろう。

先の、通と筋に関連するがこの界隈の“町”のこと。
これは日本の古い“町”の考え方が残っている、と、
いってよい。

つまり“通”に沿って、両側が同じ町である、という
考え方。

今の住居表示は通を境目にして町を捉え、
通の向こうは別の町、に、なる。

元々は、京都から始まっているのであろうが、
江戸も含めて、どこでも以前はそうであった。

例えば、道修町(どしょうまち)通の両側が道修町、
平野町通の両側が平野町。

さて、もう一つ。

私が歩いているのは船場の北の方が中心だが、
基本オフィス街でビル街。
しかし、歩いていて珍しいものに出くわすことがあるのも
この界隈ならではのことかもしれない。

漆喰の白壁、おそらく戦前以前の建物。


商家のものもあるが、緒方洪庵の適塾

なんというのもあるし、適塾の近所だが、

お寺のような建物だが、日本で2番目に古い、大阪市立の幼稚園

この界隈、戦争で焼けなかったのであろう。

閑話休題。

昼食にこちらの取引先の方に連れてきていただいたのが、
表題の[吉野すし]。

町名は淡路町。

南北に走る通(心斎橋筋)沿いで、御堂筋から東へ一本目。

建物はそう大きくはないが、ビル。

1841年(天保12年)創業。
大阪でも指折りの老舗。

棒状の押しずし、いわゆる棒すしではなく、
小さな立方体で、様々な具材をのせた押しずし
=箱鮨を大正時代に始めたのがこの店で、
船場の旦那衆に贔屓にされた店という。

1階が売場で、エレベーターで2階へ。

2階はカウンター席とテーブル席。
(仕事での会食でもあり、ご馳走になったので、
写真はなし。)

箱鮨とにぎりの鮨の両方をいただいた。

にぎりは基本東京の握り鮨とかわりはないだろう。

箱鮨は先日、近所の関西鮨の店[468]へいったが
ここで出すものとほぼ同じ(と、感じた)。

私にとって、初体験はその名も“船場”汁。

安くてうまい。

船場の商家で食べられていた、と、聞いていた。

なにかといえば、焼いた塩鯖と大根の入った澄んだつゆ。

元来は、塩鯖のアラで出汁を取るという。

こうした料理やなので、別に他の出汁を取っている
のかもしれないが、上品でなかなかおつなもの。
うまかった。

酒の肴にもよさそうだし、白いご飯にも合いそう。

大阪船場、もう少し探検したい街、で、ある。




大阪吉野すし







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