断腸亭料理日記2019

浅草並木・藪蕎麦

2月1日(金)夕

2月に入った。

ちょっと久しぶりかもしれない。

しばらく前から行こうと思っていた。

浅草、並木通りの[藪蕎麦]。

行くのであれば、時間があるので池波先生を見習い、
昼の人が引け、夜の客で混む前の夕方、4時頃がよいであろう。
生前、池波先生はそうされていた。

マフラー、コートにソフト帽も被り、手袋。
自転車で出る。

寒い。
ご多聞にもれず天気はよいが、風が強い。
切るよう。
まさに厳寒である。

今年の節分は2月3日(日)、翌4日が立春。
旧の正月元日は5日(火)。

そろそろ寒さも緩んできてよい頃ではある。

春永、はるなが、という言葉があったが、
日も長くなってくる。

今しばらくの辛抱である。

店の前まで、たどり着く。

暖簾が出ているのを確認。

自転車を歩道の車道側、ガードレールそばにとめる。

紺地に白い太字で染め抜かれた、並木藪蕎麦の暖簾。
分けて、硝子格子を開けて入る。
後ろ手ですぐに閉める。

いらっしゃいまし〜。

一人、と指を出す。

案の定、すいている。
テーブルに高齢の夫婦二人。
座敷に一組の男女。
都合、二組。

テーブルでも、お座敷でもどちらでも、と、お姐さん。

テーブル席の一番奥。
菊正の四斗樽(しとだる)の前。
こんな時には、ここがよろしかろう。

手袋を脱ぎ、帽子をとり、マフラーも外し、コートも脱ぐ。

椅子に掛ける。

掛けると、お姐さんに、

お酒お燗と、天のヌキ。

お酒お燗の件は、ここではもちろん、アツカンですか、
などと野暮なことは決して聞き返されない。

そして、一度、言ってみたかった、のである。
天ぬき、ではなく、テンノヌキ、と。

と、天ぬきですか、とお姐さん。

私が天ぬき、というと、お姐さんはテンノヌキですね、と
応えたことがあった。

まあ、どちらでもよいのだが、
そもそも、天ぷらそばを、テン、と略して言っていた。

出典は、例の歌舞伎「雪暮夜入谷畦道」。
菊五郎の、入谷のそばや、である。
そこでの直侍が店に入ると、最初の台詞。
「テンで一本つけてくんな」。
で、ある。

それで、天ぷらそばの、そば抜きを、テンノヌキ、
という言い方になるのである。
テンノヌキ、カモノヌキ、タマゴノヌキ、で、ある。

ともあれ。

お酒がくる。

もちろん、適温の上燗。
これでなくてはいけない。

そば味噌をなめ、一つ、二つ。

天のヌキもきた。

ふたを取る。

熱い、舌が火傷しそうなつゆから、レンゲで一口。

うまい。
この寒い日には本当に、温まる。
燗酒とともに。

つゆにふやけた衣と、芝海老も。

うまい、うまい。

一合の終わりが見えてきた頃、せいろを一枚、頼む。

6人組の観光客らしいお客が入ってきた。
言葉を聞いてみると、ハングル。
ここは流石にそこまで、多くはないのだが、最近は日本人の
観光客以外にも中国語、ハングルが聞こえてくることも多い。
英語のメニューも用意しているよう。

彼らの注文は、天ざる6つ、といっていた。

私のもきた。

つゆをそば猪口に移す。

神田の藪は緑がかっていたが、ここの色は今の藪としては
ノーマルといえるであろうそばの色。

箸先にわさびをつけ、そばを一箸つまみ、先だけをつゆにつけ
手繰る。
一噛み、二噛みで、喉に送る。

わさびの香りと、つゆ、そばの香りが
さわやかに喉に吸い込まれていく。

口の中と、のどで味合う。
まさに堪えられない。

手繰り終わり、席でお姐さんに勘定を頼む。

うまかった、ご馳走様です。

ありがとうございます〜と、送り出される。

よい時間である。


03-3841-1340
台東区雷門2丁目11−9

 

 

 

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