断腸亭料理日記2014

日本橋・おでん・お多幸

5月14日(水)夜

さて。

なんと、日本橋の三日連続。

今日は、大阪出張で18時すぎにやはり東京駅に戻ってきた。
まあ、こんなこともあるものである。

実は、今日は蕎麦や、日本橋[藪久]
へ行こうと考えてきたのであった。

あそこは季節ごとの材料を使ったかき揚げがあり、
今であれば、桜海老なんぞがあるかもしれぬ。

永代通り呉服橋の交差点を渡り、次の通りを右。
毎度書いているが、この左側は[藪久]に加えて
二軒の立ち喰のそばやと、都合三軒のそばやが並んでいる。
ちょっと不思議な光景。

[藪久]、表の戸を開けて入ってみると、一杯。

ここは6時をすぎるともうだめか。

はて、どうしようか。

ここへきて[藪久]がだめとなると、脇の二軒の
路麺(立ち喰そば)も魅力的だが、やはり呑みたい。
(書いていないが、この路麺のうち左の店には入ったことがある。
まずまずの店である。)

左に曲がって、右側。

おでんの[お多幸]

こんな季節であるが、おでんというのも、私は
意外に、きらいではない。
基本煮物であるから、本当は季節は問はないのである。
このしょうゆの真黒い煮物は、私には定番の食い物といってよい。

以前、この店がまだ銀座のソニービルの裏にあった時分、
真夏のくそ暑い頃に、入るところがなくて、
内儀(かみ)さんと入ったことがあったっけ。

ガラガラ、かと思って入ってみると、意外に席は埋まっている。

入った左側のカウンターに座る。

座って、ビール。
この店には、キリンラガーの大瓶がある。

おでんは、と。

すじ、つみれ、ちくわぶ、玉子にしようか。


毎度書いているが、ここのおでんは基本は濃口しょうゆのみで
煮ている。

酒もその他の調味料も一切入っていないと、昔なにかで
読んでことがあった。
おそらく今もそうなのだと思う。

今、東京でもおでんの主流は、薄味、出汁味の関西風である。
コンビニの味がこの味であるから、若い人などは、
おでんというものは、そういうものである、と、思っていることであろう。

しかし、しょうゆだけで真黒く煮込んだのが、
本来の東京風のおでんの味である。

その昔、おでんといえば、いわゆる豆腐などに味噌を塗った
味噌田楽のことであった。
これに対して、しょうゆ煮込んだものが現れた。
これが、おそらく江戸の後期だと思われる。

落語にも出てくるが、煮込みのおでん、と、
わざわざ頭に“煮込みの”というのを付けた表現がある。
(「お若伊之助」圓生)

煮込んでいない味噌をつける焼いたおでんが普通のもので、
区別するために“煮込みの”を付けていたのである。
いわば今のおでんが生まれた頃のものといってよかろう。
それで、煮込んだおでんが生まれたのは、落語が生まれた頃、
またはその後。正確には、文化文政の後で、幕末以前のどこか、
と、いうことになろう。

おそらく、それが明治になり、関西へ行き、関西風の関東炊きになり、
大正の頃、もう一度東京に戻ってきて、東京にも薄味のおでんが広まった
というのが東京のおでんの歴史であると思われる。

ともあれ。

二皿目。


とうふ、がんもに、季節もの、たけのこ。

先につゆにはしょうゆだけしか入っていない、と、書いたが、
それでも多少の甘味がつゆにあるのは、それぞれの種からで出る
味が反映されているから。

関西風の出汁で“炊いた”煮物も私はむろんうまいと思うし、
好きである。
その延長の関東炊きだってうまいものであると思う。

しかし、小さい頃、煮物といえば魚の煮付けでもなんでも、しょうゆだけで
真っ黒に煮たものを食べて育った身としては、これが東京の煮物
なのである。

真っ黒なおでんは、透明な関西風とは別の料理として
東京にはきちんと存在していなければならないと、思うのである。

そうである。

今、濃口しょうゆだけの正統派東京風おでんというのは、
この[お多幸]の系列と、あとポツポツ、である。
ここは一つ、東京の伝統的食文化として、保護育成する必要があり、
東京都指定の(重要)無形文化財にしていただけないであろうか。
(むずかしければ“重要”はなくてもけっこうである。)

毎度書いているが、日本では食い物は文化財として認められてこなかったが
和食がユネスコの無形文化遺産になったことである。

今や風前の灯の東京風おでん。

是非是非、考えていただけまいか。
(舛添さんにはこういうセンスはないかな、、。)

 


お多幸本店
中央区日本橋2-2-3
 03-3243-8282

 

 


 


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