断腸亭料理日記2015

かんだやぶそば

4月13日(月)夜

さて、月曜日。

神田の[藪蕎麦]、で、ある。

実のところをいうと前々号の浅草並木の[藪蕎麦]を
書いていて、そばが食べたくなったのである。

帰り道にどこかに寄ろうと考えた。

以前であれば、池之端の[藪蕎麦]が最も寄りやすかったの
だが、昨年の夏ぐらいからであろうか、夜の営業を
やめて昼だけになったよう。

もう一軒、上野だと上野[藪蕎麦]というのもある。
そばも肴もうまいのであるが、浅草並木、池之端と
比べるとちょっと落ち着かない。

そうである。

こうなったら、神田へ行こうか、で、あった。

むろんほとんどの方は、神田の[藪蕎麦]はご存知であろう。

藪蕎麦の総本家で、浅草並木、池之端と三軒合わせて、
江戸創業の[藪蕎麦]の直系で、三藪と呼ばれている。
そしてこれもご存知のように、2013年2月に火事で半焼。
14年10月に再建、営業を再開した。

池之端も浅草並木もご近所でもあり足を運ぶ頻度は
高いのだが、神田は私個人としては、意外に多くない。
神田須田町までくると、こちらよりもどうしても
庶民的は[まつや]の方が多くなってしまうのである。

ということで、オフィスの帰り道、大江戸線を上野広小路で
銀座線に乗り換え、神田駅まで。

「花嵐」などと書いていたが、このところ冷たい雨ばかり。
今夜は雨勢も強い。

靖国通りを渡り、須田町の路地を抜け[かんだやぶそば]
までたどり着く。
再建なってからもこの界隈はうろうろしているので
どんなふうになったかは見てはいた。

以前は板塀で囲われていたが、今は正面には塀はなく
低い生垣でちょっとした庭のような植え込みがありガラス越しに
中も見えるような外観になっている。

向かって右手側が玄関。
自動ドアを開けて入って、左側が客席。

入ったところに紺の袢纏を羽織って眼鏡をかけた
三十凸凹(でこぼこ)?の青年がにこやかに迎える。
若旦那か。番頭さんではあるまい。

奥から、以前と変わらぬ女将さんの長く尾を引いた
「いらっしゃいぃ〜〜〜」の声。

若旦那に一人というと(見た通りあいてますという身振りで)
お好きな席に、と。

7時半。
ここは9時閉店で比較的遅くまでやっているが、
今日のこの雨で客足は少ないのであろう。

明るい店内で、広い。
庭側に小上がりの座敷があって、テーブル席も随分とある。
昔よりも席数は増えているのかもしれない。

一番手前のテーブル席に座る。

奥の帳場に座った、長く尾を引く女将さんの声は
なににも増してこの家の名物といってよろしかろう。

池之端の藪蕎麦でも注文を通す声は、
ちょっとイントネーションを付けているが、
これほどではない。

いろいろ考えているのだが、昔の蕎麦やは皆こうであった、
ということでは必ずしもないのであろう。
そこそこ大きな家でなければ、こんな声を出す必要もない。

エビスの瓶に、穴子の白焼きを頼む。

と、研修生と名札を付けた高校を出たくらいであろうか、
若いお姐さんがにっこり笑って、15分ほどかかりますが、
とのこと。

じゃあ、待ちますが、先に板わさをください。

ビールと板わさ、練味噌。


味噌は蕎麦の実が入って、蕎麦味噌などと呼んでいるところが
多いように思うが、ここのものは代わりに、柚子であろうか、
なにか皮が入っている。

ちびちび呑んでいると穴子がきた。


わさびじょうゆで、添えてあるのは酢橘(すだち)。
絞って、つまむ。

香ばしくパリッとよい具合に焼けている。
乙なもんである。

つまんで、呑んで、蕎麦。

やっぱり、寒いし、今日もかけにしてみるか。


細かい違いだが、並木にあったわさびがない。

つゆは、並木と比べれば色も塩味(えんみ)も抑え目。
かといって、甘さが出ているかといえば、そうではなく
出汁のきいた切れのよいつゆであろう。

ここもかけでも蕎麦湯は出てくる。
蕎麦湯も入れて、全部飲み干す。

うまかった。

ご馳走様でした。

これも、池之端、浅草並木との違いだが、勘定は帳場まで
行かなければならない。(ちなみに[まつや]も勘定は席である。)

勘定をして、再び強い雨の中へ。

くるのが遅くはなったが、とにもかくにもこの家が再建されて
よかった。藪の暖簾だけでなく、東京の老舗蕎麦や、いや
江戸から続く東京蕎麦食文化の、精神的な柱といっても
過言ではなかろう。
大正時代の関東大震災後の建物がなくなってしまったのは
残念ではあるが、東京で欠くべからざる蕎麦屋史のページを
これからも重ねていっていただけるのであろう。




かんだやぶそば


03-3251-0287
千代田区神田淡路町2-10

  


 

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